人類と共生してきた大腸菌を悪玉呼ばわりしても、実は善玉を助ける働きもあるのだ。役目の判然としない日和見菌は、環境を良く整えてやるだけで醗酵へと向かう。一本の大根を放置して腐らせるか、醗酵させるか、そこに菌や塩を入れるだけで、新しい有機的な循環が立ち現れる。本来、自然界の浄化システムには、浄・不浄の境はなく、醗酵・腐敗の区別はないのだ。蔵には常在する麹菌、乳酸菌、酵母の主要菌が無数の属性を持ち、また他の生菌も無限に増殖して菌密度を高め、悪い働きを鎮める。この菌を20%減らしただけで、蔵にひね(特有の癖)が生じる。狭い菌相バランスに傾き、色調・香味を下げてしまう。
柔軟で絶妙なバランスの上で、微生物は揺らいでいるのだ。「欧州で言う”デ−ヴア”自然霊こそ、動・植・鉱物に介在する生きた微生物であり、日本の八百万の神々も同じ微生物と言う聖霊である。自然界は大きなピラミッドの構造をしていて、ミネラルや微生物層が、底辺を支えている。底が狭く低ければ、当然上に位置する人間は棲息出来なくなってしまう。底辺を拡げ豊かにする事こそ、健全な自然界を復元する鍵を握っているのだ。」と、井上社長は考える。世界的自然農法家・福岡正信氏は、「自然に害虫も益虫もなく、害草も益草もない。人間にとって、都合の悪い虫を防除し、草を枯らす。
そのしっぺ返しが、今人間に襲いかかって来ている。当然だ。自然は一体にして、裏も表も、善悪もなく、何一つ無駄な物、無用な物はないのだ」と。仲良くすれば、良き方へ全てが働く。調和、これが自然の一大定理だ。あらゆる相対観が、あらゆる差別と闘争と敗北と悲惨を生んできた。道は遠くになく、何気ない身近な物事の一つ一つ。一かけのチーズにも、滴々の醤油の中にも真理は潜み、動いている。井上社長の地元の友人で醤油の原材料を提供してくれている農業者の佐藤順一さんは、いみじくも語った。「………今までいろいろ農業をやってきて、最後に解ったことは、良いも悪いもないと言うことです。……」
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